音の記憶

written by Yumi Notohara

女王崩御の報を受けて

9月8日の夕方、BBC Promsでのネゼ=セガン指揮、フィラデルフィア管弦楽団による演奏会に臨むべく、裏手にあるインペリアル・カレッジのカフェでくつろいでいたところ、お店のテレビでエリザベス女王逝去のニュースが流れているのに気づきました。急いでカフェを出て会場に向かう途中、アルバート・ホールの目の前にあるロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックの国旗がちょうど半旗にされているところに出くわしました。これが、これからさまざまな場所で目にする一連の追悼行事の始まりとなりました。

(写真:半旗になったロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックの国旗)

アルバート・ホールでは、係員が演奏会の中止を知らせるとともに、代わりに国歌を演奏するので良ければ見てくださいとのこと。来場者に演奏会キャンセルについて詫びながら説明するホール・スタッフの表情が、いずれも暗く沈んでいたのが印象的でした。

予定していたプログラムが見られないのは残念でしたが、もちろんこの機会を見逃すわけにはいきません。私たちは席について開演を待ちました。おそらく演奏会のキャンセルを事前に知った人は来なかったのでしょう。観客は半分にも満たない程度でしたが、定刻になると楽団員に続き、ネゼ=セガンが舞台に登場。黙祷に続いてイギリス国歌を演奏する旨を伝えました。

 

(写真:ネゼ=セガン指揮のもと、英国歌を立奏するフィラデルフィア管)

 

黙祷、国歌の演奏に続き、エルガーの《エニグマ変奏曲》より〈ニムロッド〉が静かに流れ始めました。その音色の実に美しいこと…。前の座席にいた二人連れの女性が思わず涙を拭っていたのは、その天上的な響きに心動かされただけではなく、亡き女王を想ってのことだったのでしょう。最後の一音の後、会場は束の間の静謐に満たされましたが、その後静かに拍手が沸き起こり、指揮者は「ありがとう」とだけ言い残して団員とともに退場していきました。

 

ホールを出ると、すでに至るところに女王のレリーフが掲げられているのが目に入りました。その後、こうしたレリーフや写真が、バス停やスーパーなど町中のあらゆる場所に掲げられているのに気づくことになります。もしこれが日本であれば居心地の悪さを感じるところですが、ここではむしろ自然なことのように思えます。それほど女王が愛されていたのか、あるいはイギリスという国の歴史がそう思わせるのかはわかりませんが。

(写真:女王のレリーフが掲げられたアルバート・ホール)

なお、Promsは翌日もネゼ=セガンによるフィラデルフィア管の演奏会を予定していましたが、それもキャンセル。そればかりか、音楽祭最後の演目で、祝祭的かつ愛国主義的色合いの強い「ラスト・ナイト」も当然ながら中止となりました。また、ロイヤル・オペラについても、この日ばかりは中止になったようです。ただし、次週以降の演奏会については予定通り行われるとのこと。日曜日に行われるサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団の演奏会についても予定通り開催と連絡がありました。ちょうどオール・イギリス・プログラム(メインはエルガーの第2交響曲)だったこともあり、亡き英国王への敬意を示すことにもなるということのようです。さらに、英国歌も演奏するとのことでした。

こうした一連の追悼行事は、今後しばらく続きそうです。